1F永吉 秀司 日本画展 浄草回帰 -風化のカタシロ-
Hideshi Nagayoshi Solo Exhibition
2010.02.10(水)〜19(金)
平 日
11:00~18:00
土曜日
11:00~18:00
日曜・祝日
休廊
作家メッセージ
浄草回帰~風化のカタシロ~
森羅万象のなかで生命の誕生と死があるように、草木にも同様に、芽吹きそして枯れてゆく理を持っております。その一環の長い生命の流れの中で、時に人々や生き物の糧となり、また時には自らの身をもって土を豊かにし、次への生命の苗代となることもあります。
それらの一連の理は、自然環境の一つの流れとして生じることもありますが、時として人為的な行為によりその循環が断たれることもあります。しかし、草木はそれら人々が起こした破壊行動の場をも自身がカタシロとなって浄化するかのように、芽吹き、そして再生するものであります。
本展覧会は、主としてパプア=ニューギニアのラバウル、サイパン、そして沖縄で取材した草木や風化してゆく戦跡を中心に構成しております。このような内容を取り扱う場合、扱うこと自体思想的イデオロギーに過多な部分のある人物と誤解を受けることや、この取材地で戦争を体験された方々にとっては、その時代を知らない世代が何を語るかなどと思われることもあり、そのような感情を持たれるのは、当然のことだと思います。そのことから、私のような若輩者がこのような琴線に触れるのは如何なものかと考え、画題としてあげるのに躊躇した時期もありました。
しかし、戦争の悲惨さというのは、体験された方の痛みほど知ることができないものはありませんし、人が生きていく上で、このことについて考えること自体は、避けて通れないことだと思います。少しでもその事実に対して目を向けようと、文献をひも解いてみれば見るほどに、戦争というものの反戦・交戦の表裏一体の関係、人間という生き物の難しさを考えさせられるばかりです。
このような人と戦争との関係に何か見出すことはできないかと、先の大戦で戦場となったラバウル、サイパン島などに足を運び、幾度か取材を行いました。少しでもそこで生じた痛みの事実が理解できないかと現地に行ったわけですが、そこで私が見た光景は、標のような戦跡が、草木によって浄化されるかのように風化が進み、草木の光明がやさしく包み込んで往くというような光景でした。
この光景を見て私は、まるで人として風化させてはいけない記憶の啓発を草木が自らの力を通して示しているかのようでもあり、また、即物的な意味で風化が進むということは、今という平和な時間があることを、知らしめているかのように思えてなりませんでした。
私はこれからも草木による浄化の時がいつまでも続くことを祈りつつ、時として人の記憶のカタシロとなる草木の囁きを、作品を通して聞いていただければと思います。
森羅万象のなかで生命の誕生と死があるように、草木にも同様に、芽吹きそして枯れてゆく理を持っております。その一環の長い生命の流れの中で、時に人々や生き物の糧となり、また時には自らの身をもって土を豊かにし、次への生命の苗代となることもあります。
それらの一連の理は、自然環境の一つの流れとして生じることもありますが、時として人為的な行為によりその循環が断たれることもあります。しかし、草木はそれら人々が起こした破壊行動の場をも自身がカタシロとなって浄化するかのように、芽吹き、そして再生するものであります。
本展覧会は、主としてパプア=ニューギニアのラバウル、サイパン、そして沖縄で取材した草木や風化してゆく戦跡を中心に構成しております。このような内容を取り扱う場合、扱うこと自体思想的イデオロギーに過多な部分のある人物と誤解を受けることや、この取材地で戦争を体験された方々にとっては、その時代を知らない世代が何を語るかなどと思われることもあり、そのような感情を持たれるのは、当然のことだと思います。そのことから、私のような若輩者がこのような琴線に触れるのは如何なものかと考え、画題としてあげるのに躊躇した時期もありました。
しかし、戦争の悲惨さというのは、体験された方の痛みほど知ることができないものはありませんし、人が生きていく上で、このことについて考えること自体は、避けて通れないことだと思います。少しでもその事実に対して目を向けようと、文献をひも解いてみれば見るほどに、戦争というものの反戦・交戦の表裏一体の関係、人間という生き物の難しさを考えさせられるばかりです。
このような人と戦争との関係に何か見出すことはできないかと、先の大戦で戦場となったラバウル、サイパン島などに足を運び、幾度か取材を行いました。少しでもそこで生じた痛みの事実が理解できないかと現地に行ったわけですが、そこで私が見た光景は、標のような戦跡が、草木によって浄化されるかのように風化が進み、草木の光明がやさしく包み込んで往くというような光景でした。
この光景を見て私は、まるで人として風化させてはいけない記憶の啓発を草木が自らの力を通して示しているかのようでもあり、また、即物的な意味で風化が進むということは、今という平和な時間があることを、知らしめているかのように思えてなりませんでした。
私はこれからも草木による浄化の時がいつまでも続くことを祈りつつ、時として人の記憶のカタシロとなる草木の囁きを、作品を通して聞いていただければと思います。
略歴
| 1972 | 愛知県名古屋市生まれ |
|---|---|
| 1995 | 東京藝術大学美術学部日本画学科 卒業 |
| 1997 | 東京藝術大学大学院絵画研究科日本画専攻 修了 |
主な画歴
| 1998 | 松柏美術館第4回 花鳥画展 優秀賞 受賞 |
|---|---|
| 1999 | 日本美術院第54回 春の院展 初入選(以後毎年) |
| 2002 | 松柏美術館第8回 花鳥画展 大賞 受賞 |
| 2003 | 信州第2回高遠の四季大賞展 奨励賞 受賞 |
| 2005 | 新生堂 第11回新生展 新生賞 受賞 芸術センター弟1回絵画公募展 銀賞 受賞 |
| 2006 | 川尻筆「筆と芸術の祭典」水墨画公募展 銀賞 受賞 |
| 2007 | 川尻筆「筆と芸術の祭典」水墨画公募展 銅賞 受賞 |
| 2008 | 信州伊那第4回高遠の四季大賞展 奨励賞 受賞 |
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